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好きなものあつめで幸せ能力強化

2016.9.2

顔を隠して

 自己顕示欲というのかな? 私は、ネット上に顔や実名出しても、ぜんぜんOKと思ってます。むしろ出たい。住んでる所までは、ちょっと困るけど。家族がいるからね。
 なのに、なぜ匿名でこのブログをやってるのかというと…
 最初はね、キツイこと言ってみたい!が、あったんです。自分の意見・思ってることを言い切りの形で、はっきりキッパリ言う場所が欲しかった。

 カウンセリングを学んだ後、いつの間にか「〜かもしれないね」という言い方が身についてました。意識して、身につけたものではあります。人に自分の主張を押しつけないように。「これは、こう」という言い方は、カウンセラー的じゃないんだよね。相手に選択をさせない、相手の意思を気にしない言い方でもある。
 ふと我に返ったように、イヤんなっちゃった。カウンセラー的な、いい人でいようとすることに。いい人なふりをしてるみたいで、嫌気がさしたのかもしれません。人の、悪口に当たるようなことも、言ってみたかった。私には、キツイ部分、他者に対して支配的で高圧的な部分があります。その部分が「出せー!」って叫んだかんじ。
 匿名なら、できるんじゃない? やりやすいんじゃない? そう思ったのがきっかけでした。

 始めてみて、言いたいことよりは、ブログの見た目と使いやすさをどうにかしたい方に気をとられて、何書けばいいのか思いつかなくて…してるうちに、ある日主人から

主人
最近Nyan、ゆるキャラだよね。

 この一言が、衝撃だったんだけど、なんだかとっても嬉しかった。

Nyan
それにゃっ!

 ぴったりとハマッた気がしました。自分が見つかった気がして嬉しくて、キツイ私はどっか行っちゃった。

 それでよかったのかもしれません。日頃から「批判や非難は、何も生まない」と言っています。生まなきゃいけないということではなく、もっと違う見方をしたいという意味です。悪いものより、いいものを見たい。どうすればもっといいのかを考えたい。そういう意味です。

 ソリューション・フォーカスト・アプローチが、癖づいてきてるんだと思う。
 カウンセリングのアプローチ(クライアントに関わっていくやり方)に、ソリューション・フォーカスト・アプローチ(略してSFA)というのがあります。これ、かんたんに言えば「どうなったらいいのか」を目指そうとするやり方で、未来志向アプローチとも云われています。考え方の基本的なところは、日常で有意義に使っていけるものなので、いつかまた紹介させてください。
 何かについて、批判や非難ってしたくなるときがあります。でね、記事書こうと思うわけです。だけど、まとまんない。キツクてもいいじゃないと思ってみても、手が止まる。ためらいもある。じゃあ、どうしようか? 本当に言いたいのは何?と自分に訊いていくと、ああそれが言いたかったのか、が、出てくる。書いてみると「これ、いいよ」とか「こうだったらいいのにね」といった記事になる。…なんだ、私っていい人じゃん。っていうか、SFAの「どうなたらいいかんじなの?」に沿って考えていった方が、私にはやりやすいということみたいです。
 結局、言いたいのは、いいんだよってことでした。好きなものを好きって言って、いいんだよ。よいものに目を向けても、いいんだよ。そんなかんじのことを言いたいみたい。
 幸せを感じる能力の、強化のために。

 幸せは、なるものでなく、感じるものだと聞いたことがあります。なる、とは、到達した状態で、変化しないこと。残念ながら、変化しないことはありえない。一方で、感じていくことは、いつでもどこでもできる。
 朝晩が爽やかで、なんだか幸せ。お腹いっぱいで幸せ。この人と一緒にいられて幸せ。空が青くて幸せ。…感じることさえできれば、いつも幸せでいられちゃう。
 問題は、感じることをしにくくなっていることだと思います。幸せを感じる能力も、鍛えることができるんだよ? 好きなものを集めていくこと、好きなものを好きって口にしていくこと、好きなものに目を向けるようにしていくことで。
 不幸せの研究はいっぱいあるけれど、幸せについての研究は嘆かわしいほどない。と、フランス人の精神科医さんが言ってました。私たちは、もっと幸せを研究していってもいいんじゃない?

 NyanChestは、洋服作り記録をするために考えだした名前です。チェストって、腰丈の引き出し、あるよね? それと、宝箱(Treasure Chest)をかけた。ワードプレステーマで、キャッチフレーズを入れるようになってて、特に考えることなく入力してたのが「いいもの 好きなもの 素敵なもの なんでも宝箱」でした。今は縮めてますが。
 特に考えることなく入力したキャッチフレーズが、結局、自分のやりたいことを最もよく表していました。私がいいと思う・好きだと感じる、素敵なものごとを集めていきたいという思い。幸せを感じる能力の強化、ですね。

 ここに、批判とか非難とか、すっかり似合わなくなっちゃった。
 アイコンもそう。化け猫メーカー使って作ったこのにゃんこで、どんな強い・熱いこと語っても、似合わない。Twitterでは ちょくちょくやってるけど、自分のアイコンが目に入ると、力抜けちゃいます。
 そっか、私、ゆるかったんだっけ。そんな気分になる。
 支配的で高圧的な部分もあるけれど、私には優しく情の深い部分もあります。後者で、このブログをやっていきたいみたいです。

 いつか顔を出したいなと思っています。このブログが、私にとって大切なもので、責任を持ちたいと思うから。ま、出したところで、人様には関係のないことでしょうけれど。
 …できあがったイメージが壊れるのも、ちょっとこわいよなぁ。