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ぼーっとしててもサボってない!心のエネルギーの話

2016.9.27

偉大な発明家や、音楽家、作家など、創造的な人たちのなかに「夢からよいアイデアを得た」と言う人がいます。けっこう聞くよね。
もっと身近なところでは、よく眠って起きたらスッキリした気分になったとか、寝起きにちょっとした悩みごとの解決法を思いついたとか。
勉強したことを記憶するのに、眠るのが効果的、なんて話もあります。このばあいは、脳の構造や機能的な部分。先の例2つも、脳の働きかもしれないけれど…もしかしたら、心のエネルギーの働きもあるのかもしれません。
心はエネルギーを持ちます。元気な人を「エネルギッシュな人」と表現したりする、あのエネルギーです。
今回は、心のエネルギーについてお話しします。

心的エネルギーとは

心理学者、C.G.ユングは「心的エネルギーの存在を考えると、多くの現象がよく理解できる」と考えました。
エネルギーとは? 電気がわかりやすい。壁にあるスイッチをONにすると、部屋の照明がつく。あの電気はエネルギー。
ガスコンロでは熱エネルギーでお料理をするし、ガソリンは車を動かすエネルギーになります。太陽の暖かさも、風が吹くのも、エネルギーによるもの。そう考えていくと、私たちの日常のそこらじゅうに、エネルギーは存在しています。便利に使ったり、自然にあったり。種類もいろいろです。

ちょっと難しいことを言うなら、物理学的には『物質や系が持っている仕事をすることができる能力』と説明されるそうです。

心理学者ユングは、心にもエネルギーがあると仮定しました。
例えば「最近運動不足だなぁ、ジョギングでも始めるか」と思ってみたとします。思ったときに、もう心のエネルギーは働いている。
「よし、今から走りに行こう!」と決めたとすると、心のエネルギーが働いて、その気になったと考えることができるでしょう。

私個人は、心が働くために心的エネルギーがあると捉えてもいいし、心そのものが心的エネルギーと捉えても、どちらでもかまわないと考えています。
心がどういった形状で想像されるかによって、心的エネルギーの存在のあり方も変わると思うので。
いずれしろ、心的エネルギーは測定不能で、証明しようがないというのが現実です。
なので「心的エネルギーというものが存在する」という仮説を前提に、話を進めます。

方向性と強さ

心の性質をエネルギーで捉えると、「方向性」と「強さ」を考えることができます。

  • 方向・・・何を「したい」か。関心や価値観などが、どこへ向いているか。焦点をあわせているところ。
  • 強さ・・・どれぐらい強く「したい」と思っているか。その方向への、働きの強さ。

上であげた、ジョギングの例を続けるなら「今から走りに行こう!」を実行したならば、エネルギーは強く働いていると言えるでしょう。また「運動不足だなぁ」と思ったということは、運動を「したい」と思った=運動をする方向に向いていると、捉えることができますね。

では「ジョギングでもするか…明日からでも…」消極的で、やる気が湧いてこないとき、心的エネルギーはどうなっているでしょう?

心のモデルで使われ方を考える

ユングは、心を「意識」と「無意識」にわけて説明していますが、ここでは、私が学んだサイコシンセシス(統合心理学)のモデルを見ていただきたい。

心のモデル

上は、エッグ・ダイヤグラム(卵形図形)と呼ばれる図です。
サイコシンセシスの創始者ロベルト・アサジョーリは、心をこの図で表しました。詳しい説明は省きますが、中心に意識の領域があります。その周りに、3つにわかれた“個人の”無意識。そしてさらにその外に、ユングの言う「集合無意識」を配しています。
枠線が点線なのは、行き来が可能であることを表しています。つまり、中心の意識の領域にあるものが、個人の無意識の領域へと移行することもあるし、さらにその外側の集合無意識にまで及ぶこともある。逆もまたしかりです。

ジョギングの例に戻ります。
意識的には運動不足を自覚している。ジョギング!と思いついた時点でやる気になったのは、意識の領域にじゅうぶんなエネルギーがあったと捉えます。思いつきはしたけれど、やる気が湧いてこないとき、エネルギーは無意識の領域に多く存在している状態なのではないかと考えることもできます。
なぜ、意識の領域にないものを無意識の領域にあると考えることができるのか? 『エネルギー保存の法則』を適用しているからです。

エネルギー保存の法則

物理学の法則の一つだそうです。詳しくは Wikipedia を見ていただくとして、ここではかんたんに「全部を合計した量は変わらない」とします。
つまり、心の意識領域にないエネルギーは、心の無意識の方にあると仮定してるんですね。形を変えたとしても。

エネルギーの形は変わる」これも重要です。

もう一度、図を見て欲しいんですが、無意識に3つの領域があります。
便利なように、上位・中位・下位と名付けられていますが、優劣や場所を指してはいません。
右側の矢印で、「発達」と「退行」が記されています。図の、上方向へ向かえば発達している、下方向へ向かえば退行している、と捉えます。発達とは育っていくイメージ、退行とは、こもっていくイメージを想像していただければいいかと思います。

ユングは、心を意識・無意識の2つにわけたので、心的エネルギーが意識領域にないときは無意識領域にあり、活動しないでぼーっとするような状態になると説明したようです。ぼーっとするとは、意識がはっきりとしていないで、いろんなことを夢想したりしてる状態です。

アサジョーリがどう言ったかは、わかりません。ここからは、図に沿って、私が考えたことになります。

無意識領域でのエネルギーの使われ方

意識の方にエネルギーが少ないと活動もおさえられ、ぼーっとした状態になるのは、想像がつきます。そのとき、心ではなにが起こっているのでしょうか?
無意識領域にあるエネルギーの使われ方から考えます。私は、3つの領域のどこで使われるかによって、起こっていることは違ってくると考えています。なぜなら、上位無意識には「愛」や「美」や「善」といった、人間の持つよい部分があるとされ、中位無意識には意識に近いものが、下位無意識には本能的なものやトラウマ、コンプレックスなどといったものがあるとされているからです。

上位無意識でエネルギーが使われていれば創造的な働き方がされている可能性があり、下位無意識で使われていれば悩むことや恨むことなどに費やされている可能性が出てくるのではないか、と、私は考えます。
このことから、行動的な活動としてなにもやる気になれないようなとき、どこでエネルギーが使われてしまっているかを見極める必要もあるのかなと思います。

ジョギングの例に戻せば、走ることよりももっとその人にとって生産的な何かをする方向へと心が動いているとしたら、ある日とてもいいアイデアが浮かぶこともありそうです。突然ボランティア活動に参加してみるとか。
「どーせジョギングなんてしたって・・・」と思い始めるような方向へ使われてしまっているとしたら、コンプレックスやトラウマなどが動いていることも考えられ、傷を癒すようなことが必要かもしれませんね。

形を変えるエネルギー

もし、下位無意識で心的エネルギーが費やされているとしても、その量や強さ弱さによってはごく普通のことと捉えて問題ないでしょう。ごくごく日常的に、人は悩む。無理に活動しようとせず、眠ったりなど休息することで対処できます。起きたときに気分が変わってたりするのが、それですね。
問題となるのは、エネルギーの強さの方だと、私は思います。例えばコンプレックス。
コンプレックスを保つのにエネルギーが強く使われる、あるいは、コンプレックスそのものがエネルギーの塊であるとイメージしてみてください。苦しそうじゃないですか?
ここで「エネルギーは形を変える」を思い出してください。
コンプレックスをバネにして飛躍すること、あるよね? 自分自身に思い当たるものがなくても、そういう人を知ってたりしませんか?
私が心的エネルギーを考えるとき、最も重視するのがここです。今現状がどうあれ、それをどう使っていきたいか。どう使っていこうとするのか、ですね。

ここまでは、エネルギーを使うことについてお話ししてきました。ここからは、使ったらエネルギーは減るのか?に移りましょう。

エネルギーは減るのか?

どう思いますか? 心のエネルギー、使っちゃったら減ると思いますか?
例えばジョギングをしたら、身体的なエネルギーを使い、疲労を感じます。マラソン選手など、使い果たしてゴールで動けなくなる人も見ますね。
心はどうでしょう?
心的エネルギーは仮説なので、どうとでも言えるのでしょうけれど、身体的なエネルギーや電気エネルギーなどと同じに考えてきました。ということは、心のエネルギーも減ると考えるのが妥当でしょう。

減っちゃったエネルギー、どうしましょうかね?
使い方のところでは、ぼーっとしてたりやる気の出ないのは、心的エネルギーが無意識領域にあるからと説明しました。そのばあいは、エネルギーはあるのに、意識的に使えない状態。
ここではエネルギーが減っちゃって、足りなくなってるから、ぼーっとしてたりやる気の出ないばあいで考えましょう。もう、わかるよね? 車にガソリンを入れるように、補給する。
心には、どうやって?

心的エネルギーの補給

再度、卵形図形ですが、全部が点線になっています。行き来すると説明しました。「浸透し合う」と表現されています。いっちばん外側の集合無意識もね。
この図に沿って考えると、私は、ほっといてもエネルギーは補給されるんじゃないかと思っています。自分じゃないところからでも、意識できないところからでも。さらに言えば、上に星がついてます。トランスパーソナル・セルフと名付けられた、これは、馴染みのある言葉にすれば「魂」に近いものです。トランスパーソナルの言葉の示す通り「自分を越えた」自分。ここからエネルギーが入ることもあるとされています。

大丈夫? 一気に胡散臭い?

そのあたり、好き嫌い激しくわかれるところなので、ここではこの辺でやめておきましょう。
もっと、現実的な対処法にしておきましょうね。
身体の疲労回復法は、心にも有効かと思います。その他に、心ならではの部分もあるので、かんたんにリストアップしてみます。

  • 眠る。
  • 入浴する。
  • アロマやお香。
  • 音楽を聴く。
  • 好きな映画を観る。
  • お気に入りの物語を読む。
  • 絵画鑑賞。
  • マッサージやエステを受ける。
  • おいしいものを食べる。
  • 散歩する。
  • 自然や動物に触れる。

パッと思いつく提案は、このぐらいでした。
気持ちのよい感じを、環境として作り出したり、吸収するようなイメージでいいかと思います。弱ってるんだからね。

さいごに

心にもエネルギーがあると仮定すると、特別の理由が思い当たらないのに弱ってたり、ぼーっとしたりの説明ができます。
弱ってるのにも種類があるということ、ぼーっとしててもサボってるわけでなく心は働いてるかもしれない、をご理解いただけたらと思います。

こう考えてみると「今日もまたなんにもしないうちに1日が終わっちゃった・・・」なんて、自分を責めずに済むかもしれませんね。

ユングの考え方を、わかりやすく詳しく、ていねいに説明してくださってるのを見つけました。興味あれば、こちら もどうぞ。
書籍としては、下を参考にしました。