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返さず贈る「恩送り」

2016.10.21

素敵な女性がいた。
異動先の部署にいたその人は、よくランチに連れて行ってくれた。行けば、ご馳走してくれた。当時独り暮らしだった私には、とてもありがたかった。でも、毎度まいどじゃ気がひける。コーヒーぐらいは、と思っても「いいわよ」と払わせてくれない。
その人がとても素敵だったのは「私も先輩たちにしてもらったことだから。あなたも、下のコたちにやってあげて」という気持ちの人だったから。

時が経ってから、『恩送り』という言葉を知った。恩を、直接その人に返すのではなく、次の人へと渡していくようなイメージだ。

してもらってありがたいと感じたものを、『恩』と言う。恩を受けた方は、それに報いよう、いいことをしてもらったんだから、いいことをしてあげようと考える。恩返ししようと。
これを失礼とする、日本の古い、しかしあまり知られていない習わしがある。「仕返し」や「一矢報いる」を連想してみると、わかるだろう。
イキな人は、感謝さえ示されるのを嫌がる。見返りを求めているわけではない。できるから、する。あるから、使う。貸借りでも、あげるという上からの態度でもないから。
こういった態度でいられる人は、なんて豊かなんだろう。

一時期、外国のコーヒー店でのエピソードが話題になった。
ごく普通の人々が、自分のコーヒーを買うとき、1杯でなく2杯以上買う。自分のための1杯以外は、お店にストックされる。ストックはどうなるのか? 路上生活者や貧しい人々が受け取っていくのだ。
ちょっといいことがあったから、とても幸せな気分だから、そうそうついでに。気持ちを贈り物として置いていく。素敵な習慣だ。

やりとりは、当事者の間だけで行われる。キャッチボールするような恩返しの繰り返しも、とてもいいものだ。一方で、それを広く循環させるような『恩送り』がある。

してもらってることにさえ、気付かない、無意識に当然だと思ってる人もいっぱいいる。そんな中、恩を受けたと感じられるのは、それだけで感性豊かな証拠。
感性の豊かだと受けたことを敏感に感じるから、申し訳ない気持ちになる人もいるだろう。どうやって返そうか? どうやったら返せるのか? 頭を悩ませる人もいるかもしれない。そんな時、精一杯の感謝・お礼の気持ちは、伝えようとするだけでいい。そして、もしできるなら、受けた恩を他の人へとプレゼントするのはどうだろうか?