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2017年元旦に|夢・望み・目標の私的覚書

2017.1.1

主人は、初詣の前にはてなブログの登録を済ませたらしい。2017年の始まり。
日の出を待って、氏神様へ詣でた。浅間(せんげん)神社は、富士山を信仰する。甘酒に添えられた、おせんべいとみかんをいただいた。
愛犬Sivaの散歩に少しつきあって、いったん帰宅。
実家にだけ顔を出して、お腹いっぱいになって帰ってきた。

今年はどんな1年になるんだろう? まだ予感はない。

starting-here

たいてい、年の始めには「今年の目標」があった。今年は、ない。なんとなく、心のままにやっていく方が良さそうだ。こんなことは今までになかったから、試してみるつもり。たぶん、乗っていけそうだから。

夢を持てないでいた頃のことを考えると、“夢”の意味づけを間違っていた。
叶えられないこと、達成できそうにないことを“夢”と言ってはいけないと思っていたようだ。目標のことを“夢”と言うのだと思っていた。夢は、目標よりも感覚的なものだと意味をつけ直してから、夢を持てるようになった。

夢は、漠然とした方向性のようなもの。
夢は、曖昧なイメージとして浮かんでくるようなもの。
夢は、好ましい音楽のようなもの。
夢は、肌ざわりや温度のようなもの。

それを現実に、どんな手段で叶えるのかを決めると、目標になるのだと思う。
たとえば「たくさんの人に愛されたい」は“夢”。「歌手になって、たくさんのファンを持ちたい」は“目標”。
今の私にとって「心が望んでいるかんじを感じている」これが、夢。

望み

去年、抱いた『情熱・貢献・使命』がキーワードで、今年はもっと深めていきたいと望んでいる。
身の内から込み上がってくるような、望み。もっと味わいたい。
私自身の満足が、まずある。

このブログではまだサイコシンセシス(統合心理学)のさわりをお話ししただけで、これから紹介することではあるのだけれど、私自身の覚書として、以下を記しておきたい。
サブパーソナリティの統合が進み、セルフも育ってくると、それらは上昇する。あるいは、トランスパーソナル・セルフが降りてくる。こうなると、個人の内的シンセシスを超えて、社会や世界とのシンセシスの段階へと進む。私が突然、社会貢献したいと思ったのも、自然な成り行き。知識としては知っていたけれど、どういうことなのかわからなかったし、こんなふうにして自分に起こるとは思ってもみなかった。
学びが深まるのは、いいことだ。血肉の通った経験として身にしていければ、知識はたんなる知識でなくなる。
ヒーローズ・ジャーニーに照らし合わせても、同じ。旅を1周終える条件は、宝を持っての帰還。出発した地に戻るのは、宝を用いてコミュニティに貢献するためだ。貢献できて初めて、1周を終えることができるとも言える。

目標

目標を定めるのは、少なくとも私にとっては、大切なこと。ゴールなしに走るのは、無謀だ。
どんな大きなものを掲げてもいいと思う。小さなステップにわけてチェックポイントを作り、着実に向かっていくことも可能だ。
ただ、今の時点では、私は目標を定めていない。ゴールはどこだろう?
たぶん、また新たなヒーローズ・ジャーニーが始まっている。コールが聞こえている。私は旅立ったのだろうか? そうとも感じるし、そうでないような気もしている。今はまだわからない。
やりたいことは、ある。まずそれをはっきりとさせることから、今年を始めようかと思う。言葉で、文字として表せる、なるべく具体的な事柄を洗い出すところから。
明日に、ね。