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心がシンと静まる公園散歩

2016.6.27

犬を飼うようになって、よかったなぁと心から思う。その理由のひとつが、家から出るようになったこと。
今住んでいる所に越してきたのは、2年ほど前。どうしても緑が必要だった。欲しかった。

それまでは、東京都心こそが住む場所だと思ってた。
鉄とコンクリートとガラス。虫が苦手な私は、その無機質さが大好きだった。
なによりも、華やかな都心に恋してた。うん、Tokyoに恋してた。

10代から20代は、新宿が遊び場だった。20代の終わりから30代の中頃までは、銀座、丸の内。
綺麗だと思ってた。夜の街のガラスのきらめき。
星なんて見えなくてもよかった。見上げるのはビルの煌々とした明かりで、空じゃなかった。薄暗いバー、赤いワイン、タバコの煙、高価なアクセサリーと洋服、完璧な化粧、他人のお金での夜遊び。それこそが、大人だと思ってた。
シラフな目で見回してみれば、私が憧れる、洗練された大人なんてほとんどいなかったのだけれど。

Tokyoに恋してた。
冷たく明るく華やかなイメージに。実際はいいところだけじゃなくても、恋は盲目。

40代を迎える頃には、疲れてた。心身ともに疲れはててた。
着飾った自分なんて、若さゆえの幻だった。私はそんなタチじゃあなかったんだ。もともと、おうちが好きで出不精でもあったのに。
絶え間ない車、救急車の騒音が耳についてイライラしてた。
そして郊外に引っ越した。静けさと緑を求めていた。

犬の散歩で行く、すぐそばにある公園。

そばの公園

朝早い時間の、緑の綺麗なこと。

静かな公園

息をすることができる。
心がシンとしているのを感じる。
透明な、澄んだ空気と静けさが、心までも染みていく。
これが欲しかったんだ。
本当に望んでいたのは、この静けさと澄んだ空気、この心の状態なんだ。

からだがゆるみ、ほどけていくようだった。

晴れ渡った朝の、光に透ける木の葉の鮮やかな緑に「綺麗ね」とつぶやく。

空の青と葉の緑

「綺麗ね、とても綺麗ね」と。

夕方の黄色味の強い光が射す緑色も、とても綺麗。
木が密になっている場所から、開けた芝生を眺め、光と影のコントラストのみごとさに見入ってしまう。

夕方の公園

公園に行きたくて、シンとした心の状態を感じたくて、犬の散歩をするようになりました。

この後、自分が感覚過敏だということに気づきました。
都心では、感覚をシャットダウンして対応していたんだということに。