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イメージとロジックは別物だけど…

「りんご」という文字を目で見たり、「りんご」と発音されるのを耳で聞いたときに、自然とあの赤いやつが想起される。ここでは、その自然と想起される“イメージ”について話す。━━こう限定しておかないと、“イメージ”が指すものは、いろいろあるよね。
自然と想起される視覚的なイメージと、私たちがモノを考えるときに用いる言語(言葉)は、別物。どう別なのかというと、脳の構造が…とか説明すればいいのかもしれないけど、よく知らないからやめとく。
私の理解している範囲では━━あくまで私が、個人的に、理解している範囲。知識として知っていることプラスアルファ━━、イメージは無意識の言語であり、感覚の表現。言葉は意識の言語であり、思考の表現。

今朝、こんなツイートをした。

私が「すげー」と思った元のツイートはこちら。

私はイメージワークを得意としている。たぶん、ごく小さいときから本を読むのを好み、しかもファンタジーだけだったからだろうと思ってる。ファンタジーって、想像力を養ってくれると思ってる。というか、ファンタジーは、名作は特に、イメージワークとよく似ている。
イメージワークについては、私たちが生きているもうひとつの現実|イメージ世界への誘い で紹介した。今、斜め読みしてみて、にゃんだ意外としっかり説明してるじゃないか、と思えた。

…それで何が言いたかったんだっけ?

そうそう、イメージワークのやり方で話した、イメージと言葉の違い。子供と大人が手を取りあうこと。
この、『子供と大人が手を取りあう』は、イメージ。絵が浮かぶでしょ? それで何となく、説明はできなくても何となく、雰囲気を理解できるでしょ?
子供は“イメージ”を自由に探索するために必要な “感覚” や “無意識” のたとえ、大人はイメージを理解し現実的に活用していくために必要な “思考のためのの言葉” や “分析的な、あるいは、論理的な、意識” のたとえ。

私がこの NyanChest で心がけているのは、具体的な事例の提示と、もうひとつ、無意識に肯定的に働きかけるようなイメージの活用。…できてるかどうかは、置いといて。


私たちは━━特に女性は「右脳」なんて云われてるけど━━イメージで生きてる。これはどこかで、日本人の特徴と云われもする「曖昧でも何となく理解しあってる」ことと通じるんじゃないかとも思うけれど。
言葉を使って、論理的(順序立ったぐらいの意)な組み立てを苦手とするのは、イメージで何となくの感覚で生きてるから、とも言えるかもしれない。
言葉って、何となくでも使えるし、そうしていて日常生活で不自由したり不都合が起こったりすることは、あまりないと思う。けど、実はコミュニケーションを適切には取れていないし、誤解や曲解の元でもある。私たちは何となくの感覚で言葉を使っているから、言葉がよりよく働くための組み立て方=ロジックを身につけていない。

ブログなんてやってたりして、痛感するよね。言いたいことがうまく言えない。言葉が出てこない。言葉にしてみたら、なんか違う。文章がまとまらない。これらの一因が、言葉を言語として、ロジカルに組み立てる力の不足。ほとほと自分に嫌気がさすことがある。

もう練習するしかないんだよね。練習すれば身につけられるものでもあると信じてる。


私は自然と想起されるイメージを見るのは得意だし、それを探索するのも好きだ。しかし、言語化を、やはり苦手としていて、とても時間がかかる。
言語化することによって初めて知ることのできる意味というのもあるので、イメージワークの深遠な叡智とでもいうようなものを得るまで何年もかかったりする。
誰かの言った何か、自分の口から思いがけずに出た言葉、そういったものを感覚的にキャッチすることは得意だけれど、こういうことかと理解するまでにも相当かかることがある。

文章書こうっ。とにかく書いていこう。そう決めたのは、ロジカルを鍛えたいなと望んでいるからでもある。
これが公開193コ目。自分比では、ブログ始めた頃と比べたら、飛躍的に進歩してる。練習あるのみっ。