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休日の静かな朝・心のセーフティネット。

窓を開け、窓枠に腰かけて爪を切った。
休日。静かな早朝。
音もなく降る雨。空気は潤い、私の体は ほどけてゆく。


心には、セーフティネットみたいなものがあるのだと思う。
自分の限界を越えるような感情は、せき止められる。

心理療法などに取り組んでいても、アクセスできない部分がある。
心の奥へと潜って行こうとしても、たわむように弾力のある抵抗を感じるのだ。

セーフティネットは、双方向に働き、侵入をはばむとともに表出をくい止める。


夜中に、夢の途中で目が覚めた。
不可能という意味で、これ以上は無理だと思ったとたん、目が覚めた。
たとえようもないような不安だった。あんな不安は、かつて感じたこともない。
目を覚ましてから、いつもの癖で感情を感じようとしてみたのだけれど、危機感すらおぼえた。

しかし湧き出す不安を、無しにはできない。
どうにかなってしまいそうだとしても。
とっさに、逃げた。

隣で眠る主人に触れ、触れることで現実にとどまろうとした。主人の体の感触と温度。
そして、どうでもいいようなくだらない替え歌を歌った。声に出さずにね。一字ずつ頭に思い浮かべ、文字を思い描くことに集中した。
気を緩めると、心が壊れてしまいそうなほどの不安を感じてしまうから。


爪を切りながら、夜中の出来事を思い返していた。
パニック障害の診断を受けた知り合いがいる。
こんなものと闘っているのか、と、ぼんやりと考えた。全然理解していなかったなと。

心には、セーフティネットがあるんだと思う。落ちる夢など、地面に叩きつけられる前に目が覚めるのは、これが働くからだろう。
人間には限界がある。
限界は、準備が整えば拡張したり、越えたりもできることもあるが、無防備に越えてはならない。

心理療法で、特に気をつけなければならない一線。
ワークにはパワーがある。抵抗力や免疫力や心の体力を養わずして、進めてはならない。
セーフティネットは機能するだろう。しかし、事故が起こる可能性は排除しきれないものだ。


私には、ハプニングが起こることがある。この先をかいま見せてもらえることがあるのだ。
準備ができる前のハプニングは、それでも比較的穏やかに起こる。
用意せよとのメッセージと捉えているが、善いものであったとしても、そのときの許容を越えたものは心になんらかのダメージを残す。

そういったばあい、私たちの思考もまた、防衛機能としても働く。
抑圧・投影・補償など、7つほどに分類される(いずれ、サイコシンセシスのセルフの紹介を進めて説明しよう)。

今はただ、心の探索を深め続けることで起こる危険をかいま見せてもらったことに、感謝しよう。
静かな雨の朝に感謝し、無数の引っかき傷がついてしまったような心の、自然治癒を待とう。