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自分自身と仲良くすることは早く夢を叶える手段のひとつ

久しぶりに、ちゃんと雨が降ってる。素敵な音がする。8月初旬というのに、気温の低い朝。
まるで寝起きのような状態が続き、頭ぽわんとしてて物を落としたり、とどことなくおかしかった昨日に比べ、しゃっきりとした気分。
心はあたたかく静まっている。このかんじが、一番好きだ。

満たされた気持ちでつらつらと始めたら、自分と仲良くしていくのは、早く夢を叶えていく手段でもあるよと語っていた。

まるで・・・であるかのように

穏やかさを望む人も多い。
刺激的な毎日を望む人も多い。
毎日が、穏やかならば飽きるだろうし、刺激に満ちていたら疲れるだろう。どっちがいい?は、好みなかもしれないし、現在と反対の状態を求めてることもある。
まして、多くの人が「幸せになりたい」と口にする。

望みは精確に持たないと。叶ってしまうかもしれないから。

あなたにとっての幸せとは、どんな?
朝目が覚めた瞬間から夜眠るまでの、理想の一日をリアルに思い描けるだろうか?
これができるなら、叶うよ。

今ここで現実にそうであるかのように、体と心で体験する想像は、現実になりやすい。
これはね、私がシャーマンでもある先生から教わった、夢の叶え方。

夢は、叶う。

夢が叶っていることに気づきにくいのは

無意識が現実となって現れるまでには、タイムラグがある。
数日なら、速いと驚く。何年とかかることもある。
その間に、私たちは自分が望んだ望みを忘れてしまう。だから、夢が叶っていることに気づきにくいのだ。

思い返してみて?
3年前の今頃、どうしてた? どんなことを望んでた?

忘れていて、いけないものではない。執着にしてしまうのだったら、忘れていた方がいいのかもしれない。

夢や憧れと、執着は、違う。

意識の恐れ・無意識の作用

かつて私は、夢をもてなかった。
夢見てもしかたないと思っていた。叶わなくて傷つくのがこわかったし、自分には叶えることなどできないと思っていたから。

無意識は作用し続ける。意識がどれほど反対のことを信じようとも。
叶えることなどできないと思っていたら、叶わない。叶えないように、無意識が働き続ける。

自分には叶えることなどできない? それは正しいかもしれないし、現実的かもしれない。
意識は、過去の経験を参照し、今現在の状況しか信じない。
参照する過去にしたって事実とは限らないし、今現在の状況は永遠には続かないのに。
意識は変化を恐れ、拒む。
意識は、予想できない未来を恐れ拒む。

しかし私たちには想像力が与えられている。
未来を創造する力だ。
疑い深く用心深い、私たち自身を守ろうとしてくれている、意識。これから自由になり、私たちに夢見ることを許してくれるのが、想像力なのだ。
私たちが未来を、この先へと目を向け、明るさを求め想像力を働かせるとき、無意識の言語を用いることがある。

無意識の言語とは、イメージ。

想像力とイメージ

映画を観るように、絵画を観るように、動く、あるいは静止した映像でイメージをみる人もいる。
私たちが「イメージ」と言うとき、多くは視覚的な要素を指す。
それだけじゃ、ないんだよね。
音を聞く。感触を感じる。匂いをかぐ。動きやリズムを感じる。これらもイメージなのだ。
五感すべてを用いたイメージは、パワフルだ。

イメージは、無意識と意識をつなぐものでもある。

夢を見ることと、叶うか・叶わないかは、別のこと。
わけることから始めよう。
夢を見ようとすると不安や心配がわいてくるようなら、自分自身の内側・奥深くへと届けるように、こう話しかけてみて欲しい。
「想像してみるだけ。想像するだけなら、なにも起こらないし、怖くないから、どうか許してね」

自分自身と仲良くなること

私は、自分に許可を求めることを、よくする。
なにかやりたいことがあって、でもやる気になれないときなど「どうか、やらせて。力を貸して」自分自身にお願いする。
そうして眠った翌朝には、やる気になっているから不思議だ。

自分自身と仲良くなっていく・していく、という発想を、私たちは持ちにくいものだ。
私たちは「これが自分だ」と思っている自分は、自分自身の一部分でしかなく、しかもコロコロと変化し続けているということに気づかないでいる。

自分自身を知り、理解し、仲良くなっていくと、タイムラグは短くなっていく傾向にあるようだ。

自分自身と仲良くしていく方法のひとつが、イメージを用いて無意識と意識のつながりをよりよくしていくこと。
私たちは、そのままでは各要素がバラバラになっている。━━というのが、サイコシンセシス(統合心理学)の考え方。
内的な葛藤は、私たちの内に生きているたくさんの部分=サブパーソナリティたちのケンカと捉える。

ゲシュタルト療法では、トップ・ドッグ(建前)とアンダー・ドッグ(本音)と呼んでいると聞いた。建前=意識、本音=無意識 のこともあるだろう。
トップ・ドックの声は大きいが、結局アンダー・ドッグには勝てないと書いてあったのを読んで、とても興味深く感じた。

脳についての本に、正確な名称を忘れてしまったのだけど、新しい脳は理性・古い脳は本能を司っていて、古い脳を覆うように新しい脳がある、というような説明があった。
理性・建前・意識 ⇔ 本能・本音・無意識 と捉え、私たちの本当の望みは、一般常識や世間のルールといったような理性的なものに覆い隠されているのだと想像してみるのもおもしろい。

そう、私たちの本当の望みは、私たち自身からさえ隠されていることも多い。

「どんないいことがあるの?」という質問のしかた

たとえば、私たちは「ヒトに優しくありたい」と望む。
どうしてか? 自分に「どうして?」と問いかけたことがあるだろうか?
私は、ある。

「なんで」「どうして」は詰問になるから使わない方がいい、って話、したかな?

ここでは、可能性を拓くような質問のしかたを提案したい。
「ヒトに優しい自分でいると(ヒトに優しくできると)、どんないいことがある?」
それに応えが返ってきたら、さらにまた「そうすると、どんないいことがある?」を繰り返すといい。

想像していく。自由に応えやすい質問のしかたでもある。

本心は子どもの言葉で語る

大まかな目安として、本音・本心は子どもの言葉で語る。
ひらがなで表すことができるような、短くかんたんな言葉。

本音・本心は、えてして、みっともなくも恥ずかしい。
理性が叱りそうなことを言う。
「そんなこと思っちゃいけない」「そんなこと考えてるだなんてどうかしてる」と、思いついた瞬間に否定したくなるようなものも多い。

そう知っていれば、本心を見分けられるんじゃないかな?

たとえば、私が「どうしてヒトに優しくありたいのか?」と自分に問いかけた、応えは「好かれたい」だった。
私を大切にして欲しい。私を特別な人と思って欲しい。私を愛して欲しい。
あなたに優しくしてあげる。だから、私を好きになって。

なんて自分勝手な!と、思った。けれど、だからこそ、本心だと思った。
「そうなんだ、好かれたいんだね」と、受け止めた。「話してくれて、ありがとう」と。

自分自身を、自分にとってとても親しく大切な人として扱う。

まとめ

さて、風呂敷広げすぎた気がする。

叶えたい夢ならば、精確に、リアルに体験するようにすれば、叶いやすくなる。
精確にするには、自分自身の本心を理解することが大切で、安心して打ち明けてもらえるように、自分自身と仲良くしていくといい。
これらは、早くじょうずに夢を叶えていくための手段でもある。

自分と仲良くしていくと夢が叶っていくって、いいでしょ?

夢 叶え,

Posted by nao